ロス・ブラウン
今の僕の状態は、もしかしたらあらゆる面で、去年のHONDA-F1撤退に伴ってマネジメントバイアウトした後のブラウンGPに似ているような気がする。来年、勝てる車だということが分かっているということ、ドライバーに潜在的能力があるということなど“勝利”が見えていたということに。ただ彼は、そこに溺れることなく、一年たったいま結果を残した。僕もそうならなきゃ!マネージメントで良きお手本として、これからはもっと注目していこうと思う。
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(以下、F1-Live.comより抜粋)
ロス・ブラウン、驚きと成功の1年
ブラウン・マジック健在
23/11/09 14:37
この11ヵ月の間に、ロス・ブラウンと彼のチームは悪条件の中、それをF1の歴史の中でもっとも輝かしい成功へと変貌させた。消滅目前の組織をダブルチャンピオンの栄光に導き、チームの4分の3を世界有数の自動車メーカーに売却――なおかつ実験は握り続ける。
もちろん、この夢のような冒険譚は、昨シーズンの大半を費やして開発されたHonda RA109あっての成功だった。Hondaが昨年12月に突然の撤退表明をしたあと、ロス・ブラウンとニック・フライはマネジメントバイアウトを実施し、マシンはその後BGP 001へと改名された。
「理事会は本当に申し訳なさそうに、これ以上F1を続けることはできなくなったとわれわれに説明した」とブラウンは『The Independent(インディペンデント)』紙のインタビューで語った。彼とフライは当初、それを予算会議だと信じていたという。「当初、チームを存続させるという概念は全くなかったが、最初のショックから立ち直ってからはそれを検討し始めた」
Hondaはその後数ヶ月にわたり資金を提供し、ブラウンとフライはスポンサーを探し、フェラーリとメルセデスはエンジンをオファーした。「普段はなかなか見られないことだが、F1は賛助の精神を見せたんだ」とブラウンは打ち明ける。「普段はあらゆる手を使って相手を打ちのめそうとしているけどね。ひどい状況になったときはチーム間の結束が強くなるんだ」
「この15年で最悪のチャンピオンシップだった2008年でF1キャリアを追えるなんて絶対にいやだった」とブラウンは語った。「それに、2009年はレースに勝てるクルマがあると分かっていたんだ」
ジェンソン・バトンがワールドチャンピオンになり、コンストラクターズタイトルも手中に収めたことに加え、マクラーレンとメルセデスの方向性にずれが生じた結果――お互いにとって非常に有益な1つの解決策が生まれた。しかしながら、ブラウンGPの名前はわずか1年、短い輝きを放って消滅し、メルセデスに道を譲ることになる。
「チーム代表というのはね、いつかはその座を譲らなくてはいけないものなんだ」とブラウンは同紙に答えた。「もう一度今年のような成功に挑戦したいという誘惑はあったが、それは大きなリスクを伴う。われわれはすでに(メルセデスの)エンジングループと仕事を始めており、主役は全員そろっている。チームに明るい未来を約束するチャンスだったんだ」
「われわれはすばらしい時を過ごし、様々な意味で難しい決断だったが、今や自動車業界でもっとも名高いブランドの一員に加わった」
謙遜してはいるものの、ブラウンの代表続投はメルセデスからの要請だった。いや、実際のところは要請という以上のレベルだった。それは、メルセデスが出資の申し出と共に提示した条件でもあったのだ。
「彼らの予算計画の一部にわれわれが加わることになるのは明らかだが、レースに関する決定は今後もわれわれが行う」とブラウンも認める。「人生同様、いい仕事をすれば続けられる。失敗すれば変えられるということさ」
メルセデス・ベンツの人々はまだ、ブラウン・マジックに魅了されているようだ。
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